一番「楽しい」ジャズの曲ですか。それならソニー・ロリンズのセント・トーマスです
2016/10/29 5号
初めてのジャズには楽しい曲を
みなさんの中には、お友達や知り合いから、「ジャズを聴きたいんだけど何から聞き始めたらいいの?」と聞かれる方も多いでしょう。
そういうとき、まさか喜んでマイルスデイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」だとか、ジョンコルトレーンの「ジャイアント・ステップ」など薦めていないでしょうか?
そうやって気合を入れてお薦めしたものの、返ってきた答えは「よく分からない。面白くない」というもので、がっかりしたり、「ジャズなんてもう聴きたくない!」とCDをつっかえされたり。
無理なのです。いきなりこうしたレコードを薦めるのは。ロックで言えばいきなりドアーズの一枚目を薦めたり、レッド・ツェッペリンの一枚目を薦めるくらいの暴挙です!
まずは、ジャズに初めて触れてみたいという方には、分かりやすく楽しく、心がうきうきするものを薦めてあげてください。そしてこのソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)のセント・トーマス(St.Thomas)こそ、その役割にぴったりの曲なのです。
ジャズファンの間では「サキコロ」と呼ばれるSaxophone Colossusというアルバムに入っていて、ロリンズが子ども時代にお母さんが口ずさんでいたカリプソの曲にインスパイアされて作ったというこの曲こそ、「うわー、ジャズって楽しい。いいものね!」とお友達に喜んでもらえるものです。
ビ・バップ時代を知る生き字引
このソニー・ロリンズ、40年代末からすでにバド・パウウェルのような大物と活動を始め、50年代、60年代と数々のジャズの金字塔となるようなアルバムを出してきました。自分がリーダーのときもあれば、マイルス・デイヴィスやドラムのマックス・ローチ(サキコロでも叩いていますね)らのサイドマンとして入ることもあって、とにかく、50年代のバップ全盛時代のすべてに関わった生き字引なのです。
え、生き字引ということは、まさかまだご存命なのかって。そうなんです。彼は2016年の今年、もう86歳ですが、まだまだお元気なのです!ただ、2012年以降はファンの前で演奏をしていないようなのですが、それまでずうっと演奏をしていたのです。2000年代からは精力的にコンサートを録音するようになり、なんと200何十ものコンサート音源があるのだとか!いやはやすごいですね。
50年代を全力で駆け抜けた方はもうほとんど残っていない中、高齢になっても現役として吹き続けた姿はすさまじいものがあります。その功労を称えて、アメリカ議会がNational Medal of Artsという勲章を与えたり、ジュリアード音楽院が名誉博士号を送ったりしています。
楽しいだけでなく、社会的なテーマを取り上げた硬骨漢
ジャズがアメリカで80年代以降社会的地位が向上して、こうした芸術と捉えられる背景が今はできあがっていますが、40年代、50年代のジャズマンの生活はめちゃくちゃでした。今は議会の勲章をもらうようなロリンズですが、若いときは強盗をやって刑務所に入ったり、当時良くある薬物中毒でやっぱり苦しみました。当時の実験的な治療法で奇跡的に立ち直ったようですが、こうした薬物中毒や車の事故で多くの彼の仲間たちも早すぎる人生の終点を迎えています。
彼と気の合うドラマーはサキコロでも叩いているマックス・ローチですが、若いときロリンズはローチと気鋭の叙情的なトランペッター、クリフォード・ブラウンと Clifford Brown and Max Roach at Basin Street (ベイズン・ストリートのローチ=ブラウン)というやはり最高にかっこいいアルバムを録って、さあ、これでいよいよ一生をかけることができるメンバーがそろったぞ!と思っていました。
ところが、クリフォード・ブラウンもそのときのピアニストもそれぞれ交通事故で死んでしまいました。この面子で突き進めばジャズは相当面白かったのでは、と残念に思われます。
その後もローチとは一緒にいろいろ録っていますが、特にローチは当時の公民権運動、つまり黒人の権利を恢復する運動をジャズで表現するようになり、ロリンズもいつも一緒にそうした社会的な目線を持った、意見を言うジャズをやっていたのです。
一見楽しそうな、カリプソのリズムに乗った、セント・トーマス。しかしこういう人生の様々な裏側も録音の前後に経験した彼が、あえてこの明るさで表現した、と思うとまた違った聞き方ができるかもしれません。
St.Thomasはハノーヴァー・マヌーヴァーでは「楽しい」と打っていただければ出てきます。ほかに楽しい曲はどんな曲があるのでしょう。
参考
Wikipedia Sonny Rollins
https://en.wikipedia.org/wiki/Sonny_Rollins