ハノーヴァー・マヌーヴァー

社会の動きの中で自分のレガシーを作る

2016/11/11 18号

社会の動きと音楽家は無縁ではいられない

前回、リスナーとして自分の中にどうレガシーを築くか、ということを書きました[参考 自分の中でどうレガシーを作るか]が、そこでは一人のミュージシャンから枝葉のように広がっていく方法を紹介しました。

しかし良く考えれば、枝葉がミュージシャン同士で広がる理由は、単に演奏が上手いから、とかレコード会社が同じだから、というわけではなくて、同じ思想や哲学、信念、そして行動理念を持っているからなのではないでしょうか。

そうした共通の信念や行動理念を生み出す根源はそのミュージシャンが生きている社会の中の動きです。『ジャズマンが愛する不朽のJAZZ名盤100』(河出書房新社)という本は、現役ジャズ・ミュージシャンが他のミュージシャンについてインタビュー形式で論じたというめずらしい本です。

その中で、わたしの好きなマックス・ローチをラルフ・ピーターソン・ジュニアというキップ・ハンラハンやスティーヴ・コールマンなどともセッションをしたドラマーがいますが、彼は(公民権運動に尽力した)マックス・ローチを評して、「マックスは人種差別などの社会問題でも大きな貢献を果たしてきた。ミュージシャンは常に自分を取り巻く状況を反映して音楽表現を行っている・・・ミュージシャンのみならず、芸術家は常に社会の動きと連動して創作活動を行っていくものだよ」と述べています。

レディー・ガガの献身的な慈善活動

マックスのことを書いていたら、レディー・ガガがトランプ氏に抗議して、"Love Trumps Hate"(愛は憎しみに打ち勝つ)というプラカードを持っているところがニュースになって飛び込んできました。日本のニュースは物事の本質を映しませんので、テレビ局が誤訳をしていたり、セレブがトランプ氏の当選を気に食わないんだろう、位の扱いです。

しかし私たち音楽好きはレディー・ガガが東日本大震災のとき、公演をキャンセルせず、真っ先に飛んできてくれたことを思い出しますし、数々のチャリティーを被災地のために行ってくれたことも知っています。

彼女は本国ではMACエイズ基金という若い女性を啓発する活動をしています。もともとクイーンが好きだという彼女、その名前もクイーンのちょっとユニークなダンスソング、レディオ・ガガ(Radio Ga Ga)から取ったというだけあって、自分のアイドルのフレディー・マーキュリーがAIDSが出始めた初期の頃に亡くなったことを当然悔やんでこうした活動をしているのでしょう。

また彼女はバイセクシャルであったため、ローティーンの頃、学校でいじめられていました。そして今は、ボーン・ディス・ウェイ財団といういじめを撲滅することを目的とした財団で様々なチャリティーを行っています。

こうしたことは歌手がしてはおかしいのでしょうか。いえいえ、むしろしないほうがおかしいのです。マイケルジャクソンとクインシージョーンズが陣頭指揮した、"We are the World"など、慈善活動を目的とした様々な名曲を英語圏のミュージシャンは生み出し、社会を変えようといつも行動をしているのです。

卒業式くらいしか社会的な動きがない日本だが

日本では残念ながら寄付文化を戦後やめさせられてしまった経緯があるため、ミュージシャンがこうした活動に参加することが難しくなっています。社会的な出来事と言っても卒業式くらいで、ほかに何か社会的出来事と連動してすばらしい曲が出来上がるとか、大きなチャリティーのうねりが起こるということがありません。

もっともそれは悲劇的な事件や、大きな社会の根幹を動かす変動があったときに、歌を歌うという習慣が日本にはないからかもしれません。東日本大震災のときも直後に芸人達がまだ、慰問に行く時期ではない、と言っていたのが印象的です。

しかし、そうした悲劇的な大事件だけでなくて良いのです。日常で起こる社会の変化、人々の信じること。そうしたものと音楽をつなげていけば、また自分の中にリスナーとしてのレガシーが蓄積されていくことと思います。ああ、あのとき、この曲をよく聞いたなあ。と思い出す日がくるでしょう。

ミュージックソムリエドットコムでは、こうした曲は「博愛」と打っていただければ出てきます。


参考
Wikipedia Lady Gaga
https://en.wikipedia.org/wiki/Lady_Gaga