ハノーヴァー・マヌーヴァー

フィデル・カストロの死とかけてポール・ロブスンと解く。その心は?

2016/11/26 33号

フィデル・カストロの死亡とManic Street Preachers

フィデル・カストロが死亡しました。キューバ危機という世界を滅亡へと導きかねない騒動を起した彼ですが、今年オバマ大統領がキューバを訪問したりして、米国とは敵対しないということで今後は開放されていく路線ができあがったところで亡くなりました。

そんなキューバですが、最初に西側から来てキューバでコンサートを行ったロックバンドはManic Street Preachersというイギリスのバンドだそうで、これが政治的な問題を取り上げるなら良いのですが、とても左がかったことで有名なバンドなのだそうです。

ブリット・ロックの正当な音を出す彼らですが、キューバ訪問後、"Know Your Enemy"というアルバムを出し、そこに興味深いLet Robeson Singという曲が収められています。

共産主義を礼賛したポール・ロブスンの悲劇

この曲では「キューバに行って来た〜」という部分のあと、ポール・ロブスン(Paul Robeson)という人物について歌い始めます。ポール・ロブスンとは一体誰なのか、ほとんどの方はご存じないと思いますが、Ol' Man Riverという曲は知っている方が多いかもしれません。Show Boatという1936年に公開された、ミュージカルを原作とした映画の中でこの曲を歌っていたのがポール・ロブスンです。

だいぶ話がつながってきたけれど、待て待て、まだ全然謎は解けていないぞ、と思ったことでしょう。このポールロブスン、もともとは熱心な公民権活動家でした。黒人の社会での権利を恢復する運動なわけですが、彼は盲目的なヨシフ・スターリンの信者にもなっていました。

ソビエト連邦を初めとする共産国は、自国民を弾圧したり少数民族を浄化したり、強制移動したり、文化剥奪をしたり、人道に反することをやりたい放題やっていました。その影響は現在でも大きく、例えばカザフスタンという中国のすぐ西にある旧ソ連領には、本来イスラムの国だったところが、ヴォルガ川流域に住んでいたドイツ人を強制移住させたためドイツ系の家族がたくさんいます。共産主義国家の残虐さはソ連が崩壊した今でもいたるところで検証することができるわけです。

ただしこんなことが分かるのは今のような情報化社会でパソコンでぐぐっとやると出てくるから分かるわけで、ポールロブスンの頃は、そんなことは分からないわけです。

若者の情熱を悪用した共産主義国家

共産主義国家は、さかんに、共産国家では誰でも平等だ、などと喧伝するわけです。情報がないなか、ポール・ロブスンのような本当にそんな社会があればいいな、と毎日願っている若者は、こうした喧伝に見事引っかかるわけです。彼は実際、ソ連を何度も訪問し、友人らが投獄されたり殺されたりしているのを見聞きしましたが、それでも共産主義を支援するわけです。

更に不幸なことにアメリカでは朝鮮戦争から70年初頭まで赤狩りが横行し、共産党員や思想的に共産党の信者と思われる人物はさまざまな制限を受けるわけです。ポールロブスンも海外に行かせないようにパスポートを取り上げられてしまいました。彼の出演していた映画は、なんと1983年までテレビ放送がされることがなかったそうです。

そうなると今度は事実を知らない若い世代は、強権的な国家と戦う理想的な人たち=共産党員、とますます思いたくなり、理想的な社会と共産主義社会とがだんだん区別がなくなっていくのです。60年代、70年代と共産主義を美しいものと思っているミュージシャンは多数いました。共産主義国家は経済はダメですが、人を監視したり利用したりする術に優れていたので、共産主義を喧伝するためならこうした西側ミュージシャンの妄信も利用したのでしょう。

事実は何百万人という善良な人間を地上から抹殺してきたのが共産主義です。これは現代に生きる人なら誰も疑う人はいません。90年代すでに、共産主義は神秘のベールを失い、事実が白日の下に晒されました。多くの米国のミュージシャン達は、最後の共産主義の巨龍、中国を倒すため、チベッタン・フリーダム・コンサート(Tibetan Freedom Concert)に出演しました。90年代、2000年初頭を代表するほとんど全てのミュージシャンはこれに参加していて驚く限りです。

もしポール・ロブスンの頃、情報がきちんと伝わっていたら。戦うべき人たちに対して野太いバリトンの声で彼の叫びを振り絞ってくれたのかもしれません。


参考
ウィキペディア ポール・ロブスン
https://ja.wikipedia.org/wiki/ポール・ロブスン
Wikipedia Manic Street Preachers
https://en.wikipedia.org/wiki/Manic_Street_Preachers